鈴木勁介神父

suzuki

私は1947年生まれの人間です。山手教会の担当は2014年からです。
「神さまは信じてよいのですよ」というのが私の一番言いたいことでもあります。
何事も信じられなければ始まらないと思っていますが、信じられるというのは思いがけないきっかけで、知らぬ間に始まっている不思議な経験です。気がついた人は、信仰者となるのですが、気づかない人も神さまは守り導いていてくださると信じています。
人間の暖かさには限界がありますが、神さまの暖かさは想像を越えるのではないでしょうか?